開業実例

成功者インタビュー

Concept

故郷を離れ東京でイチからのスタート
地元の名食材「宮崎牛」に懸ける熱い想い

宮崎牛専門店 牛匠

代表 福重 清一郎さん

1969年宮崎県都城市生まれ。トラック運転手等を経て、2006年、都城に「宮崎牛専門店 牛匠」を開店。広原店、牟田町店とも、連日満席の繁盛焼肉店として人気を博すも、開店10年の節目に東京進出を決意。16年6月、都城の店を全て引き払い、夫婦で上京。同8月、世田谷区北烏山に移転オープン。国内最高峰の宮崎牛の美味しさを東京でも広めるべく奮闘中。

★宮崎牛専門店 牛匠★

住所:世田谷区北烏山7-30-32北烏山ロータリーマンション112
TEL:03-6909-0029
営業時間:17:00~23:00(L.O.22:30)
定休日:火曜日
店舗情報【 Facebook twitter Instagram 食べログ 】
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業種:
焼肉
予算:
400万円〜
面積:
15坪 (49.59㎡)〜
地域:
世田谷区
初期設備:
居抜き

緑豊かでのどやかな世田谷区・烏山
故郷から遠く離れた地で奮闘する飲食店オーナー

世田谷区・烏山は、JR中央線と京王線のちょうど間に位置する緑豊かなエリアである。マンション・戸建ての住宅街が広がるなか、公私教育施設、ゴルフ場、昔ながらの寺院や畑、地主の家屋敷などが点在する。大都会とはまた別の、のどやかな東京の顔が此処にはある。今回は、地元から遠く離れたこの地で新たに店を旗揚げした熱意溢れる飲食店オーナーをご紹介したい。吉祥寺、千歳烏山の各駅からバスで約20分、「北野水無」停留所前に構えるその店は「宮崎牛専門店 牛匠(ぎゅうしょう)」。黒レンガで統一した上質感ある外観が印象的だ。JA宮崎経済連など33団体で構成される「より良き宮崎牛づくり対策協議会」の東京では数少ない指定店で、厳選された最高級宮崎牛の様々な部位の焼肉と、ビール、焼酎、ハイボールなどの豊富なドリンクメニューが楽しめる。店主の福重清一郎さんは、故郷・都城で人気焼肉店を展開していた飲食店経営者。この夏、地元の2つの店を閉じ、夫婦で上京。8月4日、北烏山に新たな店をオープンした。「牛の匠というからには変なものは出せない。自分にプレッシャーをかける意味で付けた名前」と店に懸ける想いを語ってくれた福重さんの話からは、東京とは大きく異なる地方の飲食事情や、変化しつつあるその状況が覗われた。

地元繁盛店を閉じたその理由とは?
地方に広がる少子高齢化の影響、苦労した物件探し

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福重さんは元々トラックの運転手。だが、三十路に入った頃、決まったルートを往復するだけの毎日に「このままでいいのか」と疑問が生じ、何か商売をしようと思い立ったという。そこで目をつけたのが、宮崎牛。父親の友人が会長を務める畜産会社の牛肉は、遠く市外・県外からも買いに来る人が後を絶えず、自分自身、数ある肉屋の中でそこの牛肉が一番美味しいと確信していた。「ここの宮崎牛を売りたい」。そう思い、平日は仕事、土日祝日は肉屋で修行という生活を4年間続けた。努力の末、待ち望んだ自分の焼肉店「牛匠」1号店を地元・都城でオープンしたのは2006年。続いて2号店もオープンし、市内だけで50店舗を数える焼肉・ステーキ店の中でも、一、二を争う人気店に育て上げた。だが、開店から10年、福重さんは地方をめぐる状況に懸念を感じていた。「僕が一番恐れていたのは、少子高齢化。今後5~10年はやっていけるけど、20年後には人口が減りかなり厳しい状況になるだろう。このまま都城に残ってやっていくか、それとも東京に出てチャレンジするかーー僕と妻が選んだのは、後者の選択肢でした」。幸い、都城の二店にはすぐに引き取り手が現れ、店舗売却はスムーズに済んだ。ところが、東京でどう物件を探せばいいのかさっぱり分からない。手当たり次第ネットにあたっているうちに見つけたのがABC店舗である。「担当の営業さんに“希望の場所はどこですか?”と聞かれたが、もう場所も何も分からない。とにかく色々な物件に連れていってもらいました」。北烏山の現物件は、3度目の上京最後の日にめぐりあった。駅からは離れた住宅街の立地。広い東京の中でもこの物件を選んだのは、「前店舗も焼肉屋で設備は揃っている。それに、嫁と二人でスカイツリーに上ったら、見渡す限り家やビルでいっぱい。これは何処でやっても人はいると思って(笑)」。そして何より、のどかな北烏山の街が「住みやすそう」と思えたことが決め手だったという。都心の麹町の物件と迷ったが、「家賃も安いし、最初の2年は練習のつもりでここでいいんじゃない?」という奥様の一言も後押しになった。

アウェイの地での挑戦を支える宮崎牛の魅力
烏山の人々からのあたたかな応援に励まされる日々

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身一つでの上京には、大きな不安が伴った。だが、新天地でもやっていけると思えたのは、惚れぬいた「宮崎牛」という食材に絶対の自信があったから。宮崎牛の認証基準は、宮崎県内で生産肥育された黒毛和牛で、日本食肉格付協会が定める格付基準の肉質等級4等級以上のもの。均一に入った美しい霜降りを持ち、色味、味、柔らかさ共に日本最高峰レベルを誇り、5年に一度開催される“牛のオリンピック”「全国和牛能力共進会」で史上初の二連覇を達成した実力を持つ。松坂牛、神戸牛、但馬牛といった有名ブランド牛も、元は宮崎県産の子牛から肥育されることが知られている。地元では畜産業にも高齢化の波が押し寄せている。宮崎牛の人気に反して、肥育・生産農家の引退・廃業により、牛の頭数は年々減りつつある。そのため、5年前は30~40万だった子牛価格が現在では90万、時には100万超えとなり、枝肉の単価も高騰。焼肉店にとっては厳しい状況が続いている。それでも福重さんは「県を挙げて種牛育成や飼料開発に取り組み、守り育ててきた宮崎牛をもっとたくさんの方々に広めていきたい」と力強く語る。自慢の宮崎牛をふるまっていた都城の店は、連日、予約満席当たり前の繁盛店。「宮崎でさえこうなら、東京だったら凄いことになる」と意気揚々とやって来たが、いざ開いてみると、土日の大入りに対して平日の客足の落ち着きに困惑したという。「たぶんこれまでが恵まれていたんでしょうね。地元では宣伝も全くしたことがなかった。都城は車社会。美味しい店、そうでない店はすぐに噂で広まって、流行っている店に客が集中する」。対して、東京は、時に味そのものより、イメージやマーケティングが物をいうことも多い。勝手の違いに戸惑うという。福重さんの一番の励みは、烏山の人々からの好評の声だ。「まだまだこれからだが、僕も家内も自信を持ち続けていられるのは、店に来てくれるお客さんのリアクションが本当に良いから。中にはこの2ヶ月で10回近く通ってくださる方も」。自分たち以上に店のことを熱心に考えてくれる人も多い。「仕込み中に“頑張っているか”と声をかけてくれたり、野菜を持ってきてくれたり、“あそことあそこのマンションにポスティングするといいよ”と教えてくれたり・・・Facebookのページもお客さんが作ってくださったんです。東京の人は冷たくてドライだと思っていたけど、皆さんめちゃ親切です」。アウェイの地にはこうした嬉しい驚きも待っていた。

自信の料理を知ってもらうためのWeb対策が課題
地方出身者のためのきめ細やかな不動産サービスを

開店から2ヶ月、地元ファンを着実に集めつつある「牛匠」の次なる課題は、店の存在をより多くの人々に知ってもらうためのWeb対策。「常々思っているが、飲食店は一番美味しいところではなく、実際に売上を上げている店が勝ち。コンピューター関係は本当に苦手なんですが、お客さん達も応援してくれているので頑張りたい」。とろけるような宮崎牛の美味しさと、明るく快活な福重さんの魅力を地域だけに留めておくは勿体ない。ぜひより広いエリアへの情報発信に挑戦していただきたい。福重さんは、これからどんどん地方から東京への移転開業者が増えていくだろうと予想している。そうした際に、居抜き店舗は低コストでの開業を実現する手段としてたいへん有効である。実際、福重さんも同業の居抜き店舗を活用し、400万円という焼肉店としては例外的な低予算でのオープンを果たした。一方、譲渡された冷蔵庫や洗浄機が壊れていて使えなかったという予想外の出来事もあった。「今後、地方から出てきて右も左も分からない人たちが僕と同じようにABC店舗を頼る。その際、内見で物件をパッと見ても、設備機器の状態まではなかなか分からない。短時間の内見でも大丈夫なように、機器使用年数や稼働状態などを分かりやすく提示することが必要だ」。これから飲食店開業を目指す方々にむけては、「ひたすら諦めないこと。あとはやる気と根性、資金、そして勝負をかけるメニューを磨くこと。自分もここでダメだったら飲食やめるくらいの覚悟で臨んでいます」とエールを送ってくれた。自分自身が大きなチャレンジの只中にいる福重さんの言葉は、開業志望者を何より励ますものだ。地方から東京への人口移動という大きな潮流の中で、今後の「牛匠」の取り組みと成長は、地方出身者による飲食店開業成功のひとつのモデルケースとなるだろう。

(取材日:2016年10月6日(木))

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