開業実例

成功者インタビュー

Concept

一度クローズして再起。
すべてに感謝して日々精進。

そのやま

園山 真希絵さん

1978年、出雲市生まれ。料理研究家、「そのやま」店主。自ら厨房に立ちながら、フードジャーナリストとして雑誌やウェブでのコラムやレシピ紹介を始め、テレビ出演や講演活動・全国の親善大使などを通して食の大切さ、楽しさを伝えている。最新刊は飲食店経営を通して気づいたことをまとめた『戦場と孤独のフードビジネスを生き抜く』

始まりは“うっかり発言”

食にまつわる本を数多く上梓し、フードジャーナリストとしても活躍する園山真希絵さん。初めてお店を持ったのは2006年のこと。きっかけは「今まで食べ歩いた中で、一番のお店はどこですか」というマスコミの常套質問に、「一番のお店はないので、自分で作ります」と口走ってしまってことに端を発する。「常々、いいお店はいろいろあるし、順位なんてつけられないと思っていたこともあって、うっかり口をついてしまったんです。まさか自分が飲食店の経営をするとは思ってもいませんでしたが、後にひけず。有言実行の信条もあって、紹介制の家庭料理割烹店『園山』をオープンさせました」そう話す園山さんは身長160cmのスレンダー美人。だが、高校時代のニックネームは「白豚」だったという。「それくらい太っていたんですが、豆を使った料理をきっかけに、30キロのダイエットに成功したことが、食への目覚めにつながりました。だから『園山』で出す料理もヘルシーにしようと思ってのスタートでした」 当時住んでいた近所を歩いていた時に出逢った物件は、繁盛店の条件からは遠い、恵比寿の路地裏の一軒家。「駅から遠くて古くて、長年空き家の木造。お化け屋敷みたいでしたが、ここしかない! という直感を信じました」

路地裏の古民家で開業

定借契約は7年。想定外の初期費用がかかり、実家にも援助を頼んだり、経営者初心者だったため、幾度とお金のトラブルや予期せぬアクシデントに襲われたものの、開店から一度も赤字を出すことはなかった『園山』。その秘密はどこにあるだろうか。「建物にかなり手を加えましたが、掃除を徹底すれば古さは趣になる。プラス、顔がほころぶ料理をお出しして、スタッフの定着に尽力すれば、結果がついてくるというのが私の体験です」 園山さんが思う“顔がほころぶ料理”とは、“真っ先に美味しさを感じる温もりある料理”。「自分のダイエットの成功体験から、体によくて太らないメニューでスタートした『園山』でしたが、そこは軌道修正が必要でした。とにもかくにも美味しいと感じていただくこと。美味しさを通して、お客様の好みを知った上で、体も心も良くする料理をご提供するということ。開店から半年でそこに気づけたことも、お店が順調にいった要因として大きかったと思います。あとはやはり命かけて仕事してお店を守ってましたから」 どんなに他の仕事があっても、自分軸をぶらさず、感謝の思いや責任感を持ち、いつもお店の厨房に立って、同じ料理でも必ず、一回一回味見をする。そんな地道な毎日が、いつ行っても癒しと安らぎある美味しい店の評判を高めた。中には感動の涙を流してくれるお客様もいたという。

新たなスタートをきった園山真希絵さん。「お店をやるには自分とスタッフの健康が第一」と。このスリムな体も「食べているからこそ」キープできているのだそう。

惜しまれながら一度クローズ

どん底に落ちたり上がったりしながらも、6年目には予約の取れないお店となっていた中で、園山さんは7年の契約満了を機に店を閉じた。それは、いったんリセットして原点回帰すべきだと思ったことと、食で世界に挑戦してみたいという気持ちもあっての決断だった。選んだ場所はニューヨーク。「実際行ってみて、まだ海外進出などできるレベルにないと知り玉砕。でもいつかきっとタイミングとご縁で」という園山さんは、日本での再起を決意。豆を素材にした和菓子の開発に活路を見出し、初の共同経営でお店の開店にもこぎつけた。だが『園山』のようにはいかなかった。「単価が低いですから、数を売らなければなりません。パートナーにも酷い目にあって…。」 やりがいを感じつつも苦しかった『園山』時代を抜け出したと思っていたら、八方塞がりで、また違った苦しみを味わった日々。しかし、そんな経験があったからこそ改めて、やっぱり自分は「食」で生きる人間だということがわかったと。

2015年春、新生「そのやま」開店

そして2015年3月3日、『園山』は店名をひらがなに変えて再スタートを切った。場所はまたしても恵比寿。「今回も直感で選んだ駅から遠い古民家です。実は『園山』を閉めた後、一気にお金がなくなってしまったので、公庫の融資を受けての始まりでした。以前と同じ紹介制のお店ですが、経営マインドは以前より遥かに高まっていますね。心の琴線に触れ、最後から2番目の晩餐に選んで頂けるような記憶に残る唯一無二の店にしたい」 そう話す園山さんの表情に、迷いはない。毎日、毎日、ちゃんと厨房に立っている。そしてふつう以上にふつうの人としての姿勢が、安心感を与える。 お話を聞いた1週間後、客として訪ねた『そのやま』はほぼ満席だった。おひとり様のためにも必須というカウンター席には、思い通り女性のひとり客が座っていた。基本メニューは、人生をテーマにした1コース。蕪にクリームチーズを挟んだカプレーゼならぬ「蕪レーゼ」、具にカツオやワカメを使った「磯野家の豆乳プリン」などネーミングも楽しく、その他にも、手をかけたストーリーある家庭料理が続いた。が、これはまだ第一章で、「自分が生まれ育った日本の旧き良き素晴らしさは失うことなく、そこに国境を越えた要素を組み込み、オンリーワンの世界観を表現していきたい。勉強を惜しまず、陰徳を積みながら、心を尽くして。変わらないために変わり続けて」と話す園山さん。今後の展開が楽しみだが「一番のお店を作ります宣言から始まった飲食店経営ですが、一番とは唯一無二であること。さらに、神様みたいなお客様と頑張り屋さんのスタッフに恵まれていますから、これからもっともっとありがとうを沢山言われる自分でありたいです。それがお店をやってわかったことです」と結んでくれた。

一度「園山」をクローズしたときに、定連のお客様たちが思い思いに綴ってくれた寄せ書き帳。心のこもった数々の言葉は、園山さんにとって大切な支え。

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